永井『 〈子ども〉のための哲学』
……だから、ぼくに課せられた責務は、そういう問題はあるのだ、それを考えていいのだ、そしてその問題は、一見したところの単純さに反して、考えれば考えるほど奥の深い、ほんとうに不思議な問題なのだ、ということを言い立てて、世の中に認めさせてしまうことにある!――そんなふうに思ったものだった。
永井均(1996)『 〈子ども〉のための哲学』講談社現代新書、89頁。哲学的じゃないおらに。
永井均(1996)『 〈子ども〉のための哲学』講談社現代新書、89頁。哲学的じゃないおらに。
中野『口述の生活史』
あぁ、神さまにも習えたいもんじゃなァ、と、私ァほんまに、頭のしんまで、こたえたん。
中野卓(1977)『口述の生活史――或る女の愛と呪いの日本近代』御茶の水書房、33頁。魅力的。
中野卓(1977)『口述の生活史――或る女の愛と呪いの日本近代』御茶の水書房、33頁。魅力的。
中村『日本動物民族誌』
……かつて日本で、ネズミがムシの一種とされた時代がおそらくあった。……
中村禎里(1987)『日本動物民族誌』海鳴社、58頁。ヒットはしなかった。
中村禎里(1987)『日本動物民族誌』海鳴社、58頁。ヒットはしなかった。
西尾『行政学』
現代の行政官・行政職員が直面している行政責任とは、この種のディレンマ状況を解きほぐし克服する責任であるように思われるのである。……
西尾勝(2001)『行政学(新版)』有斐閣、403頁。公務員雑誌にてすすめ。
西尾勝(2001)『行政学(新版)』有斐閣、403頁。公務員雑誌にてすすめ。
新渡戸『武士道』
我はわが霊魂の座すところ開き、貴殿にそれを見せよう。穢れありとするか、清しとするか、貴殿みずからこれを見よ
新渡戸稲造(1993)『武士道』三笠書房・知的生きかた文庫(奈良本辰也訳)、119頁。「絶えざる克己」へ(114頁)。
新渡戸稲造(1993)『武士道』三笠書房・知的生きかた文庫(奈良本辰也訳)、119頁。「絶えざる克己」へ(114頁)。
日本自然保護協会編『生態学からみた野生生物の保護と法律』
……しかし、人間の福利が確保できることに加えて、それ以上の利益(意義)を認めることは差し支えないし、積極的な意義をもつのではないかと考える。
日本自然保護協会編(2010)『生態学からみた野生生物の保護と法律――生物多様性保全のために(改訂版)』講談社、67頁。坂本雅行の文章にて。
日本自然保護協会編(2010)『生態学からみた野生生物の保護と法律――生物多様性保全のために(改訂版)』講談社、67頁。坂本雅行の文章にて。
日本ジビエ振興協会『ジビエ 解体・調理の教科書』
食道同様、後の内臓摘出の際に、消化管の内容物が飛び出して枝肉を汚染しないよう、肛門(直腸)も結さつする。……
一般社団法人日本ジビエ振興協会監修(2018)『ジビエ 解体・調理の教科書』グラフィック社、59頁。装幀にグッ。
一般社団法人日本ジビエ振興協会監修(2018)『ジビエ 解体・調理の教科書』グラフィック社、59頁。装幀にグッ。
羽澄『自然保護の形』
……しかし、一九九二年に生物多様性条約に加盟してからは、生物多様性の保全の責務が国に発生しましたから、そのマネジメントの責任主体は国にあると考えてよいでしょう。……
羽澄俊裕(2017)『自然保護の形――鳥獣行政をアートする』文永堂出版、157頁。着想と感想の披露。
羽澄俊裕(2017)『自然保護の形――鳥獣行政をアートする』文永堂出版、157頁。着想と感想の披露。
バタイユ『呪われた部分』
有用なという言葉の根本的な価値が議論のゆくえを決定しているときにはいつでも……その議論は必然的に間違っており、根本の問題が回避されていると言い切ってよい。……
バタイユ、G(2018)『呪われた部分――全般経済学試論・蕩尽』ちくま学芸文庫(酒井健訳)、305頁。先生から。
バタイユ、G(2018)『呪われた部分――全般経済学試論・蕩尽』ちくま学芸文庫(酒井健訳)、305頁。先生から。
畠山『官僚制支配の日常構造』
……即ち、一方で仕事の裁量を通しての権力があり、他方で仕事に不可欠の資源配分の決定における無能力がある。第一線職員の権力という視覚をとる場合、このような二義性あるいは二つの顔が政策形成とどのように絡みあっているか、が解くべき課題となる。……
畠山弘文(1989)『官僚制支配の日常構造――善意による支配とは何か』三一書房、59頁。かっこよく。
畠山弘文(1989)『官僚制支配の日常構造――善意による支配とは何か』三一書房、59頁。かっこよく。
パヴロフ『茶色の朝』
きっと彼は正しいのだろう。
あまり感傷的になっても仕方がないし……
パヴロフ、F(物語)/ギャロ、V(絵)/高橋哲哉(メッセージ)(2003)『茶色の朝』大月書店(藤本一勇訳)、5頁。CATCHY.
あまり感傷的になっても仕方がないし……
パヴロフ、F(物語)/ギャロ、V(絵)/高橋哲哉(メッセージ)(2003)『茶色の朝』大月書店(藤本一勇訳)、5頁。CATCHY.
羽山『野生動物問題』
……私が言いたいのは、従来の問題ではその解決の責任を地域住民にだけ押し付けてきたことが間違っていて、その一方で問題解決には社会の変革とともに地域住民の主体的なかかわりが欠かせないということだ。
羽山伸一(2001)『野生動物問題』地人書館、243頁。はじまりのよう。
羽山伸一(2001)『野生動物問題』地人書館、243頁。はじまりのよう。
羽山ほか『野生動物管理』
農作物は、野生の食物に比べて消化率や栄養価が高く、可食部が多く採食効率も高いため、農作物被害を起こしている群れ(猿害群)では、餌付けされている群れと同様に栄養状態が良くなり、繁殖パラメータの変化が起こることが予想される。……
羽山伸一・三浦慎吾・梶光一・鈴木正嗣編著(2016)『野生動物管理――理論と技術(増補版)』文永堂出版、415頁。室山泰之の文章にて。7・20・32章、気に入り。
羽山伸一・三浦慎吾・梶光一・鈴木正嗣編著(2016)『野生動物管理――理論と技術(増補版)』文永堂出版、415頁。室山泰之の文章にて。7・20・32章、気に入り。
バルト『言語のざわめき』
……フローベールの晴雨計、ミシュレの小さなドアは、最終的に、つぎのこと以外は何も告げていないのだ。すなわち、これが現実である、と。だが、そのとき意味されているのは、《現実》という範疇……。
バルト、R(1987)『言語のざわめき』みすず書房(花輪光訳)、195頁。つねづね思ったり?
バルト、R(1987)『言語のざわめき』みすず書房(花輪光訳)、195頁。つねづね思ったり?
平川『科学は誰のものか』
ここで重要なのは、このような違いは、科学的に見てどちらが正しいかという問題ではなく、「利用率」を定義するに当たって、何を本質的に大事なものと見なし、何を切り捨てるかという一種の「価値判断」の違いによるものだということである。
平川秀幸(2010)『科学は誰のものか――社会の側から問い直す』NHK出版、164頁。市民社会論。
平川秀幸(2010)『科学は誰のものか――社会の側から問い直す』NHK出版、164頁。市民社会論。
府川『組版原論』
……またテクスチュアが均質でないところにこそ日本語の、漢字仮名交じり文を組み合わせるデザインの妙味がある。……
府川充男(1996)『組版原論――タイポグラフィイと活字・写植・DTP』太田出版、52頁。デカいけど読みやすく。
府川充男(1996)『組版原論――タイポグラフィイと活字・写植・DTP』太田出版、52頁。デカいけど読みやすく。
福岡『生物と無生物のあいだ』
……生命の律動? そう私は先に書いた。このような言葉が喚起するイメージを、ミクロな解像力を保ったままできるだけ正確に定義づける方法はありえるのか。……
福岡伸一(2007)『生物と無生物のあいだ』講談社現代新書、38頁。ドラマチックな。
福岡伸一(2007)『生物と無生物のあいだ』講談社現代新書、38頁。ドラマチックな。
福岡『自然農法』
……私がこの三十数年かかってわずかに知りえたことは、自然農法で、自然に土を若返らすことができたということと、ミカンの自然形はこのようなものであったというくらいのものである。
福岡正信(1985)『無Ⅲ 自然農法』春秋社、322頁。「自然は完全である」(177頁)、か。
福岡正信(1985)『無Ⅲ 自然農法』春秋社、322頁。「自然は完全である」(177頁)、か。
福沢『学問のすゝめ』
……異説争論の際に事物の真理を求むるは、なお逆風に向かって舟を行るが如し。……
福沢諭吉(1978)『学問のすゝめ(改版)』岩波文庫、135頁。いまでも。
福沢諭吉(1978)『学問のすゝめ(改版)』岩波文庫、135頁。いまでも。
藤田『行政法』
……しかし私には、これを認める理論的根拠を見出すことができない
藤田宙靖(2005)『第四版行政法Ⅰ(総論)(改訂版)』青林書院、499頁。10日費やす。
藤田宙靖(2005)『第四版行政法Ⅰ(総論)(改訂版)』青林書院、499頁。10日費やす。
藤森ほか『森林における野生生物の保護管理』
……オオカミが存在しない環境でシカが生活域の食糧(一次生産量)に見合った頭数を維持できるように進化するには、数万年以上の年数を必要とするであろう。……
藤森隆郎・由井正敏・石井信夫編著(1999)『森林における野生生物の保護管理――生物多様性の保全に向けて』日本林業調査会、160頁。垰田宏の文章にて。ときおり滲む。
藤森隆郎・由井正敏・石井信夫編著(1999)『森林における野生生物の保護管理――生物多様性の保全に向けて』日本林業調査会、160頁。垰田宏の文章にて。ときおり滲む。
フランクル『夜と霧』
……この究極の意味をここ、この居住棟で、今、実際には見込みなどまるでない状況で、わたしたちが生きることにあたえるためにこそ、わたしはこうして言葉をしぼりだしているのだ、とわたしは語り納めた。
フランクル、V.E.(2002)『夜と霧(新版)』みすず書房(池田香代子訳)、140頁。地でゆくような。
フランクル、V.E.(2002)『夜と霧(新版)』みすず書房(池田香代子訳)、140頁。地でゆくような。
ブルデュー『構造と実践』
……多少なりとも漠然として、不明瞭で、言葉で表現されない、さらには言葉で表現しえない経験を、目に見えるようにし、信じさせ、客観化された明示的状態で明るみに出し、それによってそれらの経験を存在させるという、純粋に象徴的な権力……
ブルデュー、P(1988)『構造と実践――ブルデュー自身によるブルデュー』新評論(石崎晴己訳)、230頁。踏まえたい。
ブルデュー、P(1988)『構造と実践――ブルデュー自身によるブルデュー』新評論(石崎晴己訳)、230頁。踏まえたい。
フロイト『精神分析学入門』
……乳児は自分の排尿行為を特別な誇りをもってながめているように思われます。
フロイト(1973)『精神分析学入門』中公文庫(懸田克躬訳)、429頁。うん、入門。
フロイト(1973)『精神分析学入門』中公文庫(懸田克躬訳)、429頁。うん、入門。
フロム『自由からの逃走』
……かれは孤独にたえられないので、自我を失う道を選ぶ。……
フロム、E(1965)『自由からの逃走』東京創元社(日高六郎訳)、283頁。タフにならんとか。
フロム、E(1965)『自由からの逃走』東京創元社(日高六郎訳)、283頁。タフにならんとか。
ベッカー『アウトサイダーズ』
……ジャズをやって生活してゆけるやつは最高さ。でもそんなことのできるやつがいたらお目にかかりたいものだ。成功したければコマーシャル・ベースに乗らなくちゃならんのさ。
ベッカー、H.S.(1993)『アウトサイダーズ』新泉社(村上直之訳)、163頁。さいごの訳者、圧巻。
ベッカー、H.S.(1993)『アウトサイダーズ』新泉社(村上直之訳)、163頁。さいごの訳者、圧巻。
ヘレロ『ベア・アタックス』
……ときには、クマによる捕食が、エレク(アカシカ)やムース(ヘラジカ)のようなほかの種の個体群動態に影響をあたえることもあるだろう。けれども、すべてのクマを殺したとしても、生態系が崩壊するわけではない。
ヘレロ、S(2000)『ベア・アタックス――クマはなぜ人を襲うかⅠ』『Ⅱ』北海道大学図書刊行会(嶋田みどり・大山卓悠訳)、435頁。姿勢がすきです。
ヘレロ、S(2000)『ベア・アタックス――クマはなぜ人を襲うかⅠ』『Ⅱ』北海道大学図書刊行会(嶋田みどり・大山卓悠訳)、435頁。姿勢がすきです。
ホックシールド『管理される心』
一部の理論家は、感情は学問的な分析に耐えられるような概念ではないとまで言っている。……
ホックシールド、A.R.(2000)『管理される心――感情が商品になるとき』世界思想社(石川准・室伏亜希訳)、228頁。思い当たり。
ホックシールド、A.R.(2000)『管理される心――感情が商品になるとき』世界思想社(石川准・室伏亜希訳)、228頁。思い当たり。
ポルテッリ『オーラルヒストリーとは何か』
……ブラックコーヒーの方がいいと思う私の好みは、砂糖を振舞って見せる余裕を誇示する必要のない人間のぜいたくなのだと気づくまで、それほど時間はかからなかった。
ポルテッリ、A(2016)『オーラルヒストリーとは何か』水声社(朴沙羅訳)、150頁。口述資料とは。
ポルテッリ、A(2016)『オーラルヒストリーとは何か』水声社(朴沙羅訳)、150頁。口述資料とは。
ポルトマン『人間はどこまで動物か』
生物学の任務がこのようなものだとすると、問題の解決は、人間の動物性の証明だから、人間と動物のあいだの橋渡しすべき距離がみじかければみじかいほどやさしいことになる。……
ポルトマン、A(1961)『人間はどこまで動物か――新しい人間像のために』岩波新書(高木正孝訳)、183頁。人間の特殊性。
ポルトマン、A(1961)『人間はどこまで動物か――新しい人間像のために』岩波新書(高木正孝訳)、183頁。人間の特殊性。
本多『日本語の作文技術』
……要するにこれは事の本質をオブラートで包むための技法であり、謙虚さを売りものにしている慇懃無礼な態度にすぎない。……
本多勝一(1982)『日本語の作文技術』朝日文庫、206頁。読点に御覚悟。
本多勝一(1982)『日本語の作文技術』朝日文庫、206頁。読点に御覚悟。
前田『市民を雇わない国家』
……しかし、ここで確認されたのは国民の価値観と各国の公務員数という二つの事実に過ぎない。国民の価値観が公務員数を規定するメカニズムは、この図からは読み取れないのである。……
前田健太郎(2014)『市民を雇わない国家――日本が公務員の少ない国へと至った道』東京大学出版会、60頁。堅実。
前田健太郎(2014)『市民を雇わない国家――日本が公務員の少ない国へと至った道』東京大学出版会、60頁。堅実。
前田『介助現場の社会学』
……かれらは「現場」と「日常」を往還することを通して両岸の敷居を下げ、アチラとコチラをつないだ跡にやすりをかけ、グラデーションがかった境界をうやむやにする――少なくとも、そうしたことが求められている。……
前田拓也(2009)『介助現場の社会学――身体障害者の自立生活と介助者のリアリティ』生活書院、334頁。これよかった!
前田拓也(2009)『介助現場の社会学――身体障害者の自立生活と介助者のリアリティ』生活書院、334頁。これよかった!
前田『いきもの図鑑えほん』
後ろ足の指は5本。かかとを地面につけて歩く。
前田まゆみ(2012)『いきもの図鑑えほん』あすなろ書房、31頁。すぐれ。
前田まゆみ(2012)『いきもの図鑑えほん』あすなろ書房、31頁。すぐれ。
又吉『夜を乗り越える』
……井伏さんが放屁なされたと書いたことが、その時太宰が感じたおもしろさの本当の温度に近い感触を読者に伝える役割を果たしたんじゃないかと思うんです。
又吉直樹(2016)『夜を乗り越える』小学館よしもと新書、170頁。こっから、読みたく。
又吉直樹(2016)『夜を乗り越える』小学館よしもと新書、170頁。こっから、読みたく。
松原『カラスの教科書』
……私が見たハシブトガラスのストリートファイトは2羽が肩をそびやかして歩き、お互いに肩をぶつけあった挙句、相手の足を引っ掛けあうというものだった。……
松原始(2016)『カラスの教科書』講談社文庫、59頁。与件に、思う。
松原始(2016)『カラスの教科書』講談社文庫、59頁。与件に、思う。
松村「里山ボランティアにかかわる生態学的ポリティクスへの抗い方」
松村正治(2007)「里山ボランティアにかかわる生態学的ポリティクスへの抗い方――身近な環境調査による市民デザインの可能性」『環境社会学研究』13巻、143-157頁。提起。
間宮『市場社会の思想史』
紙上の水滴という比喩に対照させるなら、第二の見方に立つ人たちの市場のイメージは、紙の上の火種である。……
間宮陽介(1999)『市場社会の思想史――「自由」をどう解釈するか』中公新書、18頁。金子先生から。
間宮陽介(1999)『市場社会の思想史――「自由」をどう解釈するか』中公新書、18頁。金子先生から。
丸山「野宿者の抵抗と主体性」
丸山里美(2006)「野宿者の抵抗と主体性――女性野宿者の日常的実践から」『社会学評論』56巻4号、898-914頁。読み物としても。
丸山『日本の思想』
……保守勢力も進歩主義者も、自由主義者も民主社会主義者も、コンミュニストもそれぞれの精神の奥底に少数者意識あるいは被害者意識をもっている。……
丸山真男(1961)『日本の思想』岩波文庫、143頁。問いかけて。
丸山真男(1961)『日本の思想』岩波文庫、143頁。問いかけて。
丸山「「自然保護」再考」
丸山康司(1997)「「自然保護」再考――青森県脇野沢村における「北限のサル」と「山猿」」『環境社会学研究』3巻、149-164頁。まなざしがよく。
丸山『サルと人間の環境問題』
……つまり、野生動物のかかわりが多様である地域社会においては、その多様性がある種の心理的な緩衝地帯になるため、場合によってはより適切な方策が得られるまでの時間的猶予を生み出す可能性がある。
丸山康司(2006)『サルと人間の環境問題――ニホンザルをめぐる自然保護と獣害のはざまから』昭和堂、228頁。ピタピタ回収。
丸山康司(2006)『サルと人間の環境問題――ニホンザルをめぐる自然保護と獣害のはざまから』昭和堂、228頁。ピタピタ回収。
丸山「「野生生物」との共存を考える」
丸山康司(2008)「「野生生物」との共存を考える」『環境社会学研究』14巻、5-20頁。06と併せて。
三浦『環境と差別のクリティーク』
おそらく、いま、私たちに必要なのは、動物を屠るという厳粛な意味合いを、自分たちの生活実感のなかに取り戻すことだろう。……
三浦耕吉郎(2009)『環境と差別のクリティーク――屠場・「不法占拠」・部落差別』新曜社。78頁。もう一回読みたい。
三浦耕吉郎(2009)『環境と差別のクリティーク――屠場・「不法占拠」・部落差別』新曜社。78頁。もう一回読みたい。
三浦『ワイルドライフマネジメント入門』
……それぞれは、生態系主義、公的責任、科学(優位)主義とよべるだろう。わたしはこれらをワイルドライフ・マネジメントにおける三原則とよびたい。……
三浦慎吾(2008)『ワイルドライフマネジメント入門――野生動物とどう向き合うか』岩波書店、19頁。ふーん。
三浦慎吾(2008)『ワイルドライフマネジメント入門――野生動物とどう向き合うか』岩波書店、19頁。ふーん。
宮内編『なぜ環境保全はうまくいかないのか』
……彼(女)らのつぶやきやいらだちは、表面上は対峙する行政へと向けられているが、その先にはガバメント型公共性を正当化する市民社会がある。……
宮内泰介編著(2013)『なぜ環境保全はうまくいかないのか――現場から考える「順応的ガバナンス」の可能性』新泉社、244頁。松村正治の文章にて。掘り出しもの。
宮内泰介編著(2013)『なぜ環境保全はうまくいかないのか――現場から考える「順応的ガバナンス」の可能性』新泉社、244頁。松村正治の文章にて。掘り出しもの。
宮内編『どうすれば環境保全はうまくいくのか』
……ここでAMさんがあらためて徹底した寄りそいの姿勢をとったことは、被災地での経験が大きく反映していると言えるだろうが、もう少し一般化するなら、目標志向型のかかわりがひと段落したところで、寄りそい型の支援が求められる段階がありうることを示している。……
宮内泰介編著(2017)『どうすれば環境保全はうまくいくのか――現場から考える「順応的ガバナンス」の進め方』新泉社、214-215頁。三上直之の文章にて。良いのは良い。
宮内泰介編著(2017)『どうすれば環境保全はうまくいくのか――現場から考える「順応的ガバナンス」の進め方』新泉社、214-215頁。三上直之の文章にて。良いのは良い。
宮本『忘れられた日本人』
……村の中で解決のつかない時には村の外へ出してやることが一番いい解決法であった。古くはそれが十分にできなかったのである。……
宮本常一(1984)『忘れられた日本人』岩波文庫、42頁。紙碑 と。
宮本常一(1984)『忘れられた日本人』岩波文庫、42頁。紙碑 と。
ミル『自由論』
……むしろ彼は、一般に流布している真理が一面的である限りは、一般に受け入れられない真理もまた一面的な主張者をもっている方が望ましい、と考えるであろう。……
ミル、J.S.(1971)『自由論』岩波文庫(塩尻公明・木村健康訳)、95頁。Discuss.
ミル、J.S.(1971)『自由論』岩波文庫(塩尻公明・木村健康訳)、95頁。Discuss.
村上『アンダーグラウンド』
きっと彼女の頭の中で、何かが外に出たがっているのだ。そう感じた。大事な何かだ。……
村上春樹(1999)『アンダーグラウンド』講談社文庫、229頁。「この本は自分のためではなく、別のなにかのために、少しでも価値のあるものとして」(761頁)。
村上春樹(1999)『アンダーグラウンド』講談社文庫、229頁。「この本は自分のためではなく、別のなにかのために、少しでも価値のあるものとして」(761頁)。
室山『サルはなぜ山を下りる?』
……残念ながら「被害管理」については、「被害防除」という用語を使い続けている研究者も多く、環境省や農林水産省も使い続けている。
室山泰之(2017)『サルはなぜ山を下りる?――野生動物との共生』京都大学学術出版会、106頁。京大出版ですか。
室山泰之(2017)『サルはなぜ山を下りる?――野生動物との共生』京都大学学術出版会、106頁。京大出版ですか。
メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか』
……彼の増幅する幸福感が、意味的にではなく、音響的に伝わってくる……
メンデルサンド、P(2015)『本を読むときに何が起きているのか――ことばとビジュアルの間、目と頭の間』フィルムアート社(細谷由依子訳)、308頁。オリジナル。
メンデルサンド、P(2015)『本を読むときに何が起きているのか――ことばとビジュアルの間、目と頭の間』フィルムアート社(細谷由依子訳)、308頁。オリジナル。
本川『ゾウの時間 ネズミの時間』
……一ミリ程度の大きさは、粘性力と慣性力とを使い分けるには、うってつけのサイズである。スパスモネームの収縮により、ふだんの粘性力の世界から慣性力の世界へと一気に移って捕食を免れているのであろう。……
本川達雄(1992)『ゾウの時間 ネズミの時間――サイズの生物学』中公新書、97頁。イメージ、続々。
本川達雄(1992)『ゾウの時間 ネズミの時間――サイズの生物学』中公新書、97頁。イメージ、続々。
森『「A」』
……そもそも中間に立とうにも、オウムの座標がわからない限りは、両端から等距離の位置など測定できるはずがない。……
森達也(2002)『「A」――マスコミが報道しなかったオウムの素顔』角川文庫、131頁。まっすぐか。
森達也(2002)『「A」――マスコミが報道しなかったオウムの素顔』角川文庫、131頁。まっすぐか。
森『それでもドキュメンタリーは嘘をつく』
今僕たちが意識化せねばならないことは、無理やりに当事者側に身を置こうとすることではなく(略)、自分が非当事者であることを、もっと徹底して自覚することだ。……
森達也(2008)『それでもドキュメンタリーは嘘をつく』角川文庫、291頁。ジャーナリズムじゃないんだよ と。
森達也(2008)『それでもドキュメンタリーは嘘をつく』角川文庫、291頁。ジャーナリズムじゃないんだよ と。
森嶋『思想としての近代経済学』
……価値の選択は自由だと考えるウェーバーは、学問を客観的な適合関係の分析や客観的な効果分析に限定し、学問的推論の部分には価値判断の立入りを厳禁するという方法論を立てることにより、価値判断と学問を調和させたのである。
森嶋通夫(1994)『思想としての近代経済学』岩波新書、134頁。濃い。
森嶋通夫(1994)『思想としての近代経済学』岩波新書、134頁。濃い。
山端ほか「集落アンケートを用いた鳥獣被害金額算出方法の検討」
山端直人・飯場聡子・鬼頭敦史(2017)「集落アンケートを用いた鳥獣被害金額算出方法の検討――三重県における鳥獣被害金額算定の試行」『農村計画学会誌』36巻論文特集号、363-368頁。
山本ほか「狩猟者の狩猟行動と自然環境の変遷」
山本信次・望月萌(2019)「狩猟者の狩猟行動と自然環境の変遷――盛岡市を事例として」『岩手大学農学部演習林報告』50巻論文特集号、89-96頁。卒論で。
閻「野生動物に積極的に関わらない選択をする限界集落の“合理性”」
閻美芳(2017)「野生動物に積極的に関わらない選択をする限界集落の“合理性”――栃木県佐野市秋山地区を事例として」『環境社会学研究』23巻、67-82頁。稀有。
リプスキー『行政サービスのディレンマ』
……官僚制的目的にかなう差別待遇は、サービスに関して合理化された定型的な手続きやえこひいきのなかに無関心を読み取ろうとしがちな対象者には容認できるものではない……。
リプスキー、M(1986)『行政サービスのディレンマ――ストリート・レベルの官僚制』木鐸社(田尾雅夫・北大路信郷訳)、167頁。8章、比較的読みやすいかと。
リプスキー、M(1986)『行政サービスのディレンマ――ストリート・レベルの官僚制』木鐸社(田尾雅夫・北大路信郷訳)、167頁。8章、比較的読みやすいかと。
レイノルズ『プレゼンテーションZen』
……いいプレゼンテーションは、対称・非対称の両方のデザインが混ざったスライドをビジュアルに取り入れている。
レイノルズ、G(2009)『プレゼンテーションZen』ピアソン・エデュケーション(熊谷小百合訳)、162頁。サクッと。
レイノルズ、G(2009)『プレゼンテーションZen』ピアソン・エデュケーション(熊谷小百合訳)、162頁。サクッと。
鷲谷ほか『実践 野生動物管理学』
また、野生動物管理においては、主観的な判断ではなく、客観的なデータ、つまり科学的情報に基づいて、個体数管理、被害管理、生息地管理を実施することが肝要である。……
鷲谷いづみ・梶光一・横山真弓・鈴木正嗣編著(2021)『実践 野生動物管理学』培風館、69頁。横山の文章にて。
鷲谷いづみ・梶光一・横山真弓・鈴木正嗣編著(2021)『実践 野生動物管理学』培風館、69頁。横山の文章にて。